介護職の本音体験談:きつさを乗り越えるための心構え

35歳私の中の介護職のやりがい

私は介護職員を5年間、経験をしました。

その中での、体験談をお伝えします。

介護職をしていた時、従来型のの施設で働いていました。

4人で1部屋の作りの施設で、それぞれの居室に1人の職員が居室担当として付いていました。

私も、ある1部屋を担当していました。

その中の1人のご利用者が、ターミナルに近い状態でした。

本来なら病院に行き、入院というような対応を取るようなご利用者でしたが、最期まで施設で過ごしたいという、ご利用者の昔からの希望と、ご家族からの希望で、施設で過ごしていただいていました。

過ごしていただく中で、ご家族は頻繁に面会に来られ、その都度、私が出勤している時は、ご家族と色々な話をして、これから本人様が施設で過ごす中での、ご家族の希望も様々に聞くことができました。

その希望の中で、最後に本人様に外の空気を吸わしてあげたい。

という希望がありました。

しかし、本人様の体調的に外に出るのは難しい状態であることも、ご家族は十分に理解をしておられました。

でも私は、何とかご家族の希望を叶えたいと思い、そのフロアの責任者と話し合い、本人様をドライブに連れていくことにしました。

ただ、ドクターと看護師からの条件としては、その日の本人様のバイタル等が安定していて、短時間であれば可能ということでした。

そのことをご家族に伝えると、ぜひ、ご家族も同行したいということだったので、ご家族と私(シフト制での勤務なので、出勤している日)の予定を合わし、日程を決めました。

そして当日になり、朝から何回もバイタルを測定し、午前中はバイタル安定。

実際の出発予定時間、14時前に再度測定すると、安定のまま。

ドライブへ行けることになりました。

季節は春。

ちょうど桜が咲き始めのころで、桜が咲いている川沿いをドライブすることに。

ご家族も一緒に車に乗っていただき、出発。

ご本人は目を閉じたままでしたが、ご家族がご本人に話しかけ、外の風景を伝えておられました。

ドライブは30分ほどでしたが、無事に施設に帰ってきました。

ご家族からは感謝の言葉をいただき、ご利用者にもそとの空気を吸っていただくことができ、自己満足かもしれませんが、私はとても満足することができました。

36歳男介護職の心構え

福祉系の大学を卒業して、特養に就職が決まり同時に一人暮らしも始めました。

その特養はまだ新しく、手探りで方針を決めていったのですが、介護経験者は自分の経験則を主張し、新人は新しい方向を希望していたので、どこかちぐはぐな施設運営でした。

そんななかで新社会人としての生活がスタート。

はじめは経験者はじめ十分な人員がそろっており、不慣れながらも利用者さんとコミュニケーションをとったり、外出計画を立てたりと積極的に仕事に取り組んでいました。

しかし施設運営のちぐはぐさの影響か、施設長が変わり、ケアマネージャーさんが変わり、職員も徐々に減っていった辺りから個々人の負担が増えてゆきました。

人手がないためにろくにシフトも組めず、夜勤をこなした人が次の日の午後まで継続勤務し、次の夜勤者は夕方前から出勤し引き継ぐといった勤務形態で働くこともしばしばありました。

そのような状態で利用者さんと満足なコミュニケーションをとる時間もなく、食事介助と排泄介助をただこなす日々が続き、家に帰って寝ているときも呼び出しコールの幻聴で飛び起きる、という日もありました。

それでもなんとかやっていけたのは、苦楽を共にする仲間と、利用者さんの献身のおかげだと思います。

忙しさに追われ余裕がない職員の手伝いをしてくださった利用者さんのやさしさや、思いやりの心にどれだけ助けられたかわかりません。

そのおかげで仕事を回せていました。

しかし施設の形が徐々に出来上がってきたころ、職員の派閥が生まれてきました。

あちらの階はこちらより楽だ、あちらの階のやり方はこちらより劣っているといったしょうもないいさかいが、リーダー会議でそれぞれ主張を始め、それに嫌気がさしたリーダーが辞めてゆき、ただでさえ少ない人員がさらに減ることとなり、新リーダーをたててもあまりの激務に辞めていくといったスパイラルが起きてしまい、利用者さんにかけられる時間が減るという、なんともお粗末な理由で自ら首を絞めてゆきました。

結局自分も腰を痛め、長期休養後逃げるように辞めてしまいました。

そんな自分が言っても何の説得力もないのですが、今後介護を目指す方は相当な覚悟を決めてその道に進む必要があると思います。

そして一つの施設にこだわらず、複数施設を転々とするのも介護職はありかもせれません。

どこの介護施設も即戦力を欲しがっていますので、介護の仕事に就けないことは今後しばらくないと思います。

願わくば介護職を辞める人が少なくなるような、高給、好待遇の時代が来てほしいものです。

43歳女性三人目出産後介護職復帰

43歳、女性、既婚、子供三人です。

二人目の子供が、幼稚園の時に、母が介護職だったことをきっかけに、ガイドヘルパー、旧ヘルパー2級を取得しました。

当時も飲食店でパートはしていましたが、子供が巣立った後の自分を考えていくと、何か専門職で仕事していきたいと思うようになっていたので、資格の取得に踏み切りました。

高齢者の方と、障害を持っている方、両方の介護を、合計で二年ほど経験しています。

最初は、子育てしながら責任もってやれるかな?と不安でした。

実際に仕事についてみると、やらなくてはいけないことも大切ですが、寄り添うことが一番大切だとわかりました。

子育てしながらだったからこそ、分かったことも多くあり、自分を大きくしてもらえたと思ってます。

目の不自由な方の、宅内に入り、家事援助や、外出のお手伝いをしたりと、利用者さんとお話をしながら和気あいあいとする仕事があったり、介護といっても色々なパターンがありました。

個人の利用者さんの夜勤などもあり、仲良くなると、仕事というより身内のような関係になったこともありました。

また、利用者さんのご家族の方とも仲良くなったりと、つながりがどんどんできていくような仕事でもありました。

毎回、この支援でよかったのかな?などと、考えさせられる場面に遭遇すると、もっと早くから経験と知識を持っていたらよかった、と思うこともありました。

そんな時は、先輩に聞いて、その中で自分の仕事のやり方を見つけていきました。

なんでも、やってみて初めて分かる事なので、やってみてよかったと思っています。

ずっと、運転免許以外に何にも資格を持ってなかった私でしたので、専門的な知識を学んで仕事するということはとても、いい経験になりました。

その時初めて、親が私が小さいときに、「資格は取れる時に取っておきなさい」と言っていた意味を理解できました。

介護職は「絶対無理」って、友人もいますが、私はやってよかったし、資格も取ってよかったと思っています。

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